10-2『進入』
無人観測機はヘリコプターや車輛隊に先んじて、凪美の町の上空へ飛来。町の上空で旋回に入る。
その機体下部に搭載されたカメラが町の全形を捉え、その光景を草風の村に置かれた指揮所へと送信する――
《ペンデュラムへ。オープンアームは凪美の町上空へ到達しました。映像はそっちに行ってますか?》
井神の身に着けた指揮官用の小型無線機に通信が入る。外に置かれている、無人観測機の操縦室であるコンテナにいる八島二曹からの、確認の声だ。
「大丈夫だ、八島二曹。こちらにも表示された」
机の上に置かれたノートパソコンの画面には、無人観測機が送って来た、上空からの凪美の町の光景が映し出されていた。
《衛星経由ではなく直接通信ですからタイムラグがあります、注意してください》
「井神一曹、無人機経由で、鷹幅二曹達との直接通信が可能です」
八島との通信が終わるのと入れ替わりに、今度は隣でいた帆櫛が声を上げた。
「了解――ロングショット1、聞こえるか?こちらはペンデュラム。そちらの位置と状況を知らせてくれ」
井神は映し出された画像を見ながら、無線のヘッドセットに声を発する。
《ロングショット1です。我々は町の中心よりやや西側の教会にいます。今からストロボでこちらの位置を示します》
その通信の直後に、町の一か所から発せられたストロボの点滅が瞬いた。そして画像は点滅した箇所を中心して、その一区画へとズームインする。
「ロングショット1、そちらの位置を確認した。現在の状況を教えてくれ」
《我々は、現れた警備隊の分隊と交戦。半数を排除して足止めを行い、今はその後に到着した増援の警備隊と対峙している状態にあります。邦人は、町の警備兵によって川沿いの建物に連れ込まれました》
「ロングショット1、該当の建物をレーザーマーカーで示せるか?」
《了解、該当の建物を照射します》
無線通信から少しの間をおいて、無人機のカメラが今度は教会から照射される一本の光の線を捉えた。
「――確認した。川沿いの、コの字型の建物だな?」
井神はレーザーの伸びた先にある、上空から見てコの字の外観をした建物を目に留める。
《そうです。邦人はその建物に連れ込まれました》
「了解。その建物および周辺に部隊を向かわせる。そちらは大丈夫そうか?」
《大丈夫です。我々はこの場所を保持し、引き続き建物の監視を行います》
「了解、無理はするなよ」
「見えたぞ」
CH-47Jのコックピットで、副機長の維崎が発する。コックピットのガラス越しに、目的地である凪美の町が見えた。
「車輛隊は?」
《目視しました、2時の方向》
機体右側の40mm自動てき弾につく所縁一士から報告が上がる。
小千谷が機体の前方、斜め右下に視線を向けると、間隔を空けた縦隊で道なりに進む、車輛隊の姿が見えた。
「妙な作りの町だな、堀が半端に半分ほどしかない」
「作っている最中で国境線が変わって、その影響で不要になったんだとか」
町の外観を眺めながら、維崎と機上整備員の得野が言葉を交わす。
「城壁を越えるぞ」
小千谷が言う。
ヘリコプターはあっという間に町へと接近、そして城壁のはるか上を悠々と越えた。
「ペンデュラムへ。ライフボートは町の上空に侵入した」
《ライフボート。邦人は建物に連れ込まれました、そちらの画像に位置を送信します》
コックピットのモニターの内の一つには、無人観測機のカメラからの映像が映し出されている。見えるのは町を構成する数多の建物。その内の一つに、マーカーが付いた。
「確認した。これより該当の建物まで向かい、レンジャー班を降下させる」
小千谷は無線に声を送りながら操縦桿を傾け、CH-47Jは該当の建物がある方向へと機首を向けた。
「今のはなんだ!?」
町の南西側にある通用門。
そこに併設された詰め所では、そこに詰めていた警備兵達が混乱に陥っていた。その原因はもちろん、つい先程頭上を過ぎ去っていった空飛ぶ奇怪な物体だ。
「知るかよ!バケモノが空を……!」
「とにかく、本部に連絡を――おい、あれなんだ!?」
そんな警備兵達の目が、今度は異音を立てながらこちらへと近づいて来る、奇妙な物体の列を捉えた。その奇妙な物体の群れは、瞬く間に城門のすぐそこまで迫って来た。
「と、止まれェッ!」
一人の警備兵が、驚愕しながらも門の前に出て、先頭に位置する奇妙な物体へと停止の命令を発する。しかし、いくら警備兵が声を張り上げようとも、奇妙な物体は速度を落とすことはなく、こちらへと突っ込んでくる。
「止まれと言って――糞ぉッ!」
そして、声を上げながら脇へと逃げた警備兵を尻目に、先頭の物体はそのまま直進。その巨体を閉じていた城門へと直撃させた。
車輛隊の先頭に位置していた87式砲側弾薬車が、速度を維持したまま門に体当たりし、その先端に装着していた※ドーザーブレードで、門を強引にこじ開けた。※(この世界の87式砲側面弾薬車には、73式けん引車の名残でドーザーブレードが装着されている)
87式砲側弾薬車は城門をくぐると、少し先で脇にそれて停車。
後続の89式装甲戦闘車と3両のトラック、そして殿の82式指揮通信車がその横を走り抜けていく。
それを横目に見ながら、87式砲側面弾薬車の銃座に付く隊員は、12.7㎜重機関銃を旋回させて城門付近へ狙いを付ける。
同時に砲側弾薬車の扉が開かれ、搭乗していた隊員が降車した。
「増強4分隊1組、展開しろ……!」
降車展開したのは、野砲科の田話三曹率いる四名。彼等の役割は、脱出口となる城門を確保することであった。
「これより城門を確保する……!――が、いいか?攻撃されるまでこちらからは撃つな……!」
「了解」
「了」
「この期に及んで、まだ面倒な規定順守ですか……ッ!」
田話の命令に、近子と威末は返事を返すが、門試は悪態を吐く。
彼等の近辺に矢が降り注いだのは、その瞬間だった。
「ッ!身を隠せ!」
田話が指示を飛ばすのと、各員が87式砲測弾薬車の影に身を隠したのはほとんど同時だった。
「良かったな門試、面倒な規定は早々に解除されたぞ」
威末の飛ばした軽口に、門試は苦々しい表情で返した。
「田話さん、城門脇の見張り塔からの攻撃のようです」
近子が砲測弾薬車の影から先を覗き見ながら、田話に報告の言葉を送る。
「あぁ……確認した。各隊へ。ケンタウロス4-1攻撃を受けた、これより応戦する……!ランダウン、塔の無力化を頼む!」
《了解》
田話は無線で各隊へ攻撃を受けた旨を伝えると、続けて砲側弾薬車の銃手にインカム越しに要請する。
要請を受け取った銃手は、重機関銃を見張り塔へと向け、押し鉄に力を込めて発砲した。撃ち出された12.7㎜弾の群れは見張り塔を損壊させ、そこから眼下を狙っていたクロスボウの射手達をなぎ倒した。
「ランダウン銃手、詰め所と……門の向こうからも数名出て来た。掃射してくれ」
《了解、掃射する》
銃手は照準を見張り塔から詰め所付近へと移し、再び発砲。重機関銃による掃射は、浮足立った様子で出て来た警備兵達を、一瞬の内に屍へと変えた。
《ケンタウロス4-1、見張り塔及び詰め所は沈黙》
「了解。これより門周辺を確保する、引き続き支援を頼む。――1組、前進するぞ……!」
城門周辺に動きが無くなった事を確認した田話は、組の各員に前進指示を出す。
四名は砲側弾薬車の両脇から出て、警戒しながら前進。見張り塔の元へと到着する。
「威末、門試、詰め所を抑えろ」
「了」
指示を受け、威末と門試は詰め所の入り口前で突入準備を整える。
「近子、俺と塔の上を調べるぞ」
「了解」
田話と近子は、威末等が詰め所の詰め所の中へと押し入るのを横目で見ながら、塔の上へと続く階段へ足を掛けた。
階段を駆け上がり、上階に出る直前で二人は一度止まる。
「よし……近子、行くぞ……」
「了解」
呼吸を整え、二人は階段の残りを駆け上がり、見張り塔上階へと突入した。
「………クリア!」
「クリアです」
見張り塔の上階に動く人影は無く、突入した二人の目に映ったのは、あるのは重機関銃の掃射により亡骸と成り果てた警備兵達の体だけだった。
「ッ……」
田話はその光景に顔を青くしつつも自身の小銃を降ろし、インカムに手を伸ばして通信を開く。
「威末、門試。上の制圧は完了した。そちらはどうだ……?」
《威末です。下の詰め所も無力化完了しました》
「了解……」
通信を追え、田話は警備兵の死体を避けて、見張り塔上階の端まで進み出る。
そこからは町の様子がよく見渡せた。眼下に待機している87式砲側面弾薬車も目に映り、田話はその姿を見ながら砲側弾薬車に向けて、再度インカムで通信を開いた。
「ランダウン、ケンタウロス4-1だ。城門周りはすべてクリア。制圧完了した……」
《了ぉ解。んじゃ、俺っち等は車輛本隊に合流するからよぉ》
無線越しに、操縦手の陽気な声で返答が返って来る。
「了解……」
砲側弾薬車は田話等の視線に見送られながら発進。エンジン音とキャタピラの音を響かせて、先に行った車輛隊本隊を追いかけて行った。
「田話さん、大丈夫ですか?」
近子は依然として良くない顔色の田話を気に留めたのか、静かな口調で尋ねて来る。
「あぁ、大丈夫だ……君こそ大丈夫なのか?昨晩の脅威存在との交戦で、酷い目にあったと聞いてるぞ」
「まぁ。ちょっと面白くない目に遭いましたが、今はもう平気です」
「そうか……」
近子は真顔で平気そうに、というよりもどこか他人事のような言葉で返してきた。
田話はそんな彼に、やりにくそうに一言を返すしかなかった。
「城門外側も敵影無し」
「内側も、増援が現れる気配はありません」
詰め所を抑えた威末と門試は、詰め所の中から城門の外側と内側にそれぞれ目を向けていた。
「とりあえず、周辺の敵は片付いたみたいだな」
「んじゃ、俺等は本隊の仕事が終わるまで、ここのお守りですね」
「気を抜くなよ」
「もちろん。所で――威末士長、頬はもう大丈夫なんですか?」
門試は、威末の顔に視線を注ぎながら尋ねる。
「大丈夫だ。幸い頬は魔法でくっ付いたからな」
威末は自分の頬を「いー」と軽く引っ張って見せる。
昨晩、敵の攻撃によりバックリと裂かれたはずの彼の頬は、しかし不思議な事に、その形跡すらなく綺麗に完治していた。
「昨日はほんとにビビりましたよ。文字通り、口裂け女状態でしたから」
「正直俺も、しばらくまともに暮らせないだろうと覚悟したよ――だが、こうも簡単に治るとはな。魔法ってやつには、本当に驚かされるよ」
言葉通り、彼の頬は一晩で完治したのは、この世界に存在する治癒魔法によるものだった。
「しかし――」
しかし驚く一方で、威末は懸念も抱いていた。
魔法で怪我が回復したということはつまり、威末は魔法の効く体質である事を現し、すなわち魔法を使った洗脳術等を仕掛けて来る敵が現れた場合には、その影響受ける可能性がある事を示していた。
「あぁ、近子三曹も昨晩、やられかけたって聞いてます」
懸念の旨を発した威末の言葉に、門試が返す。
「人出不足だからと今作戦にも駆り出されたが、正直そういう脅威と出くわさない事を祈ってるよ……」
威末は少し難しい顔を作ってそう言った。
「ま。正直、撤退路の確保のなんて暇なポジションに割り当てられたんです。心配はそうないと思いますよ。病み上がりなんだしゆっくりしてましょ」
「気を抜くなと言ったそばからお前は……」
《威末、門試。聞こえるか?》
「おっと――威末です」
そこへインカムに田話からの通信が舞い込み、威末は慌ててそれを取る。
《MINIMIを上に置きたい、門試に上に来るよう伝えてくれ》
「了解です――ほら門試、お前をお呼びだぞ」
「了解」
自身のMINIMI軽機を肩から下げて、詰め所の出入り口に向かう。
「門試、お前こそ気を付けろよ。魔法が効かない体質だったんだろ?どっか千切れたって、俺みたいにくっ付けてもらう訳にはいかないんだ」
門試のその背中に向けて、威末は言う。
「魔法でくっ付くくっ付かないに関わらず、どっか千切れるような体験は願い下げですよ」
門試は苦い表情でそう言うと、詰め所を後にした。